1483年に建立され、韓国の世界遺産の一つでもある『昌慶宮』。
ここは、もともと李氏朝鮮第三代王である「太宗」を住まわせるために、李朝第四代王
「世宗大王」が1428年に建てたものです。そして後に、李朝第9代王である「成宗」が、
祖母ら3人を住まわせるために改築や増築を加え、今の『昌慶宮』となりました。
『昌慶宮』は、塀を境にして昌徳宮と隣接しており、お互いに補完する関係にありました。
昌慶宮の特徴としては、正門・中門・正殿にあたる「明政殿」が東向きなのに対し、内殿の
ほとんどが南向きであること。また、女性が多く住んでいたため、昌徳宮よりも内殿の建物
の数が多かったということも特徴の一つです。これは他ではあまり見られないめずらしい
特徴です。当時の昌慶宮には、2000間以上の殿格もあり、現在とは比べものにならない
ほどの大きさを持っていました。しかしそれらの当時の殿閣は、すべて豊臣秀吉に
よる文禄・慶長の役(韓国名:壬辰倭乱)で失うこととなります。その後、1616年に再建され
てからも火災が続くなどして、現在残っているものは僅かとなってしまいました。
この時から景福宮に代わり、『昌慶宮』は昌徳宮とともに李氏朝鮮王朝の中心舞台となり
ました。過去の歴史的事件の多くが、ここ「昌慶宮」が舞台となり起こっています。粛宗)の
時代に起きた張禧嬪とその一族が処刑された事件や、英祖の時代に起きた思悼世子の
死など・・・もその一つです。
その後、1909年に、昌慶宮の殿閣は破壊され、ここに動物園や植物園がつくられ、1911年
には博物館も完成し、一般の人がたくさん訪れる憩いの場所となりました。
その後、ソウル市民には長い間王宮というより公園として認識されてきましたが、
1983年から3年間、昌慶宮の復元工事が行われ、動物園をはじめとする施設はソウル市
郊外のソウル大公園に移されることとなり、1986年8月になってようやくもとの姿を取り
戻すことになり世界遺産にも認定されました。
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